一念発起の日に

 

男性の人生における一大イベントと言えばやはりプロポーズも上位に入るでしょう。


どんなシチュエーションが良いのか、
どんなプレゼントが良いか頭を悩ませ、
彼女に生涯のパートナーとして選んで貰う、
その一言の為に何ヶ月も費やす訳です。


そして、また彼女もその一言を何年も待ち
幸福に満ちた希望を抱いている訳です。


今日はそんな人生一大イベントである、
プロポーズに折り合いが付かなかった
先輩の話をご紹介させて頂きます。


僕の嫌いなA先輩はいつも上から目線で、
自慢が多く、冗談もあまり通じない
面倒なタイプな先輩です。


お前最近の野球選手も知らねーのかよ?
甲斐キャノンだぜ?と、
自他共に認める野球バカでもあります。


そんなA先輩宅で鍋パーティをした折、
結婚の話になり、先輩にふと、
「先輩もそろそろ結婚じゃないすか?」
と尋ねてみました。


すると、
「言ってなかったっけ?
  俺たち、別れたんだよねー」
という予期せぬ返事が返ってきました。


「しかも物まで用意してたのにさぁ」
と香ばしそうなトッピング付きです。


「先輩どういう事っすかそれ!
  指輪か何か用意してたのに、ですか?」


「そうだよ。
  指輪じゃないんだけどさ、
  プレゼント見せたら何か違うって
  なって最終的に俺がフったんだけどね」

 


いやいや、婚約のプレゼントまで見せて、
「俺からフったんだけどね」は無いでしょと。


しかも「なんか違うな」って感じに
なったのは彼女の方でしょと。
それつまりプロポーズしてあんたが
フられたパターンのやつでしょと。


  ”プロポーズしてフられてた癖に
  甲斐キャノン!とか言ってんのかよ”


と笑いそうになったんですが、
これは面白そうな展開だぜ!と
更に掘り下げて聞いてみる事にしました。


「先輩、プレゼントは何にしたんすか?」
と聞いてみると、少し照れながら
「これなんだけどさあ、」
と奥の方から箱を取り出してきました。


綺麗なラッピングの中から出てきたのは
凄くカラフルな野球のグローブ。


横側には《Will You Marry Me?》の文字。
内側には《俊之♡洋子》という刺繍。


  ”おいおいマジかよ!
   目も当てらんねえ!
  どんな顔してお披露目したんだよ!”


と、また吹き出しそうになりました。


本人は至って真面目な顔をしながら、
「あんな奴を選んだ俺が馬鹿だったよ」
とか、ぶつくさ言ってるんです。


まずグローブっていうのが凄い。
いやそりゃ何か違うなってなるわと。


貰った方はどうしたらいいんですか!
挙式まで薬指にダイヤモンドの代わりに
左手にグローブはめておくんですか!


あと色が凄い。凄い色彩感覚。
昆虫で言ったら完全に毒持ってる。


もうね、見るからに危ない色してんの。
外敵の鳥さん達も、
こいつはおっかねーや、て
近寄りもしない、そんな色してんの。


箱から出てきた時は、
アメリカでよく売ってる体に悪そうな
ケーキが出てきたのかと思ったくらい。


太ったアメリカ人も
  ”アンビリーバブル!
   こりゃ食欲無くすぜえ!”
てそっと箱を閉じるくらい。


でも、先輩も神妙な面持ちで、
「すげーいいプレゼントだろ?」
とか言ってるんです。


私も必死で笑いをこらえながら、
「世界に一つだけのグローブですもんね」
と、なんとか言葉を絞り出しました。


それがきっかけとなり、先輩の
この毒グローブに対する思い入れが
一気に溢れ出てきてしまいました。


「そうなんだよ!
  まずここの緑とピンクの色はさ、
  俺と彼女が好きな色なんだよね」


    おいガチャピンの色合いじゃねぇか!


「それからこのグローブひもが赤いのは
  運命の糸で結ばれてるってこと」


     おいこれ以上はやめてくれ!
     笑いをこらえきれねえ!


「この部分が白いのは、これから二人で
  真っ白なキャンパスに人生を描いて...」


「ぶーーーっ!!」


ダメでした。笑ってしまいました。
あろうことか先輩のプロポーズ失敗談を
後輩の私が笑ってしまいました。


まだ癒えてない傷にてんこ盛りの塩を
塗りたくってしまったのです。


「おい!何笑ってんだよ!」と
こっぴどく怒られてしまいました。

 

 


一生の記念になるはずのプレゼント。
想いが形となったフルオーダーメイド。
それを見せられた時の彼女の気持ち。


色んな思いが交錯したまま、
先輩の家を後にしました。
夜風が冷たく、身に染みた日でした。